130,000部発行
2018年2月9日
通巻第257号
年間郵送購読料3,000円
発行責任者/佐藤 正成
発行/(有)稲毛新聞社 〒263-0043千葉市稲毛区小仲台2-5-2 TEL043-256-4414(代)FAX043-256-4494
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あかいの郷、虐待はなかった!
櫻井俊雄元理事長が衝撃の証言
櫻井俊雄元理事長
現在は元市職員があかいの郷を運営
社会福祉法人「徳和会」の特別養護老人ホームあかいの郷問題を本紙は度々取り上げてきた。創業者の小川家が市と元理事長の櫻井俊雄氏を相手取り訴訟を起こし係争中だが、櫻井氏は本紙に対し、虐待の事実がなかったと改めて証言した。千葉市は虐待を理由に当時の小川藤子理事長を追放したが、その根拠が根底から覆されたことになる。櫻井氏が原告の小川家に有利な決定的証言をしたことで、裁判の行方も予断を許さない状態だ。櫻井氏の理事長解任は無効であるとの最高裁の確定判決を無視したままの千葉市の立場はますます悪くなるばかりだ。 【文・武田弥太郎】
市と施設職員の不適切な関係
小川藤子理事長があかいの郷から追放されたあと、その再建を託された櫻井理事長は正常化を図るため、まず、虐待の被害者4軒の家庭を訪問し、調査したところ、すべてから虐待はなかったとの回答を受けたという。
市はあかいの郷の虐待を認定して藤子理事長を追放し、櫻井氏に再建を託したが、改善策を依頼していた弁護士が櫻井氏まで追放してしまった。
櫻井氏は調査の過程で施設の女性職員の不審な行動を察知し、この女性職員が市の男性職員と不適切な関係にあったと証言した。互いの勤務時間中に二人だけで逢っていることは調査会社の証拠写真でも確認されている。この女性職員は藤子理事長が追放したあとあかいの郷の施設長に就任、月に50万円高給を得ている事実も判明した。
小川理事長をよく思わないこの女性職員が虐待事件をこの市職員に密告し、市幹部に報告したことから虐待事件と発展したと櫻井氏は語る。
市が職員の報告を信じたことは否定されるべきではないが、十分な裏付けをとらないまま事実に反する理由で藤子理事長を追放に踏み切った市の判断は、到底許されることではない。手続に重大な瑕疵があったことは明白な事実である。
虐待を事実だと信じ込んでいた市にとって、あかいの郷の正常化≠託されて後任の櫻井理事長は、小川家の名誉回復につながるような虐待の有無を確かめ正常化≠ノ動き始めたことは想定外だったかもしれない。
櫻井理事長は誰かの利益を守るためではなく、真実を追究しようとしただけであるが、この時点では施設の女性職員と市の男性職員との関係は続いていたから、依然として市にはあかいの郷の不利な報告だけが上がっていたと思われる。
再建に乗り出した櫻井氏は理事の中にも櫻井氏の動きを不満に思う人物がおり、顧問弁護士と市の主導により、不適法な手続きで櫻井氏を緊急理事会で不当に解任した。
櫻井氏は地裁に解任無効を訴えたが、認められなかった。しかし、高裁では解任は無効と判決が下り、最高裁でも高裁の判決を踏襲し却下された。
しかし、市は櫻井理事長の任期切れ等を理由づけし判決を無視。元市職員を含む仮理事を派遣し施設を運営させてきた。
櫻井氏の解任理由は金銭管理問題だが、これも中央警察暑では受付けられず事実に反していた。 その報告を基に小川家と櫻井氏を排除する誤った判断を下した市の責任は極めて大きい。
間違った事実に基づく判断を守るためにさらに間違った判断の上塗りをした市は反省のかけらも見られない。
また、櫻井氏の解任に弁護士を介在させたが、この弁護士は小川家(依頼者)を裏切ったと言う理由で日弁連から懲戒処分の決定を受けている事実も見逃せない。
市のとるべき道
ここにきて、櫻井氏のもとへ市幹部が訪れている。櫻井氏は自身の保身をすることなく、市の判断が誤りであることを強く伝えたという。小川家に訴えられ、小川家とは対立する立場であるはずなのに、自らの経験に基づき、虐待はなかったと小川家に有利な真実を主張する櫻井氏の行動は信頼に値する。
市に、経営難に直面するあかいの郷を本当に再建して正常化を図る本気があるなら、原点に立ち返って判断の誤りを認め、誤りの過程を検証したうえで人事をやり直すべきである。
創業者に戻すべき
現在のあかいの郷は、理事長以下多数の元市職員の天下り≠ナ占められ赤字が続いている。職員に再建が実現できるとは考えにくい。
櫻井氏は「あかいの郷は創業者が苦労して広い土地と1億2千万円も投じて作った施設だから、小川家に戻すべきであると」と主張している。
何の罪もない創業者の財産を市が横取り
平成23年6月号で本紙は「不可解な理事長解任事件」という見出しで社会福祉法人徳和会特別擁護老人ホームあかいの郷の櫻井俊雄理事長の解任問題を取り上げた。同年7月号では解任劇の理由やその背景を取り上げ、8月号では第3弾として「乗っ取りに加担した千葉市」「依頼者の味方であるべき弁護士が背反行為」の見出しで、高橋一弥弁護士、小林春雄弁護士、市職員と癒着していた施設長らの暗躍ぶりを報道したが、この3名に本紙と櫻井理事長が共謀して名誉を毀損したと訴えられた。千葉地裁では原告らの言い分を認め、本紙と櫻井氏は敗訴した。
ところが、平成24年9月26日の二審の高裁では「櫻井理事長の解任は無効」との一審の逆転判決が下され、最高裁でも原告の訴えが却下されたが、千葉市は任期切れを理由にこれを無視し櫻井理事長の復帰を認めなかった。
当然、市議会でも宍倉清蔵議員や阿部智議員も問題として取り上げたが、千葉市は一向に耳を傾けなかった。
櫻井理事長を弁護士らの介在で不当に追放したあと市は仮理事を選出し派遣し運営させた。
理事長に山初文吾理氏を就任させたが、同氏は昨年死去したため、現在は元市職員が理事長となり、事実上あかいの郷は千葉市が「完全に乗っ取り」を果たしたまま現在に至っている。
あかいの郷は平成4年5月、医師免許を取得した小川和人氏は大学病院やその他の医療機関で整形外科の専門医として勤務していた。
平成10年頃、千葉南病院で高齢の入院患者を診察していた小川氏は、通常のリハビリでは効果が上がらないことに疑問を持ち、リハビリのできる温浴施設があればより効果があると考え、露天風呂付きの特別擁護老人ホームの建設を申請したことに始まる。
平成11年、千葉市高齢者障害部高齢福祉課に特別擁護老人ホーム開設要望書を提出しあかいの郷を設置した。この時、小川氏は広い土地と私費1億2千万円を拠出している。創業者の小川氏及び母の藤子さん(当時の理事長)には何の罪もない。個人の財産を守るべき行政がこれを横取りするというのは如何なものか。【文・佐藤正成】
加害者に傷害事件の治療費請求せず
国保窓口、数十万円手続放置か
交通事故や事件で負傷した場合に治療費を国民健康保険を使って治療を受けることは可能だが、事前に区役所に国民健康保険を使うことや、示談交渉の際に市が負担する治療費分も含めるべきであることは、あまり知られていない。
一昨年市内で発生した傷害事件の被害者は治療費を国保を使って治療費を支払ったが、数か月後に区役所から高額医療であることについての問い合わせが来て、制度の詳細を初めて知った。
区は、(1)傷害事件の治療費は事前に区に相談すべきであること、(2)市が負担した治療費は市が加害者に請求できること、(3)被害者が加害者との示談をする際は、示談金に市が負担した額を含めなければならないことなどの説明があり、示談書の内容を開示するよう求めてきた。
この被害者はこの制度を知らなかったことから事前の相談はしていなかったこともあり、いまも示談の内容を教えていないという。
しかし、示談はあくまで被害者と加害者間のものであり、治療費を負担した市が単独で加害者側に弁済を求めることは、特段の事情がない限りできないわけではない。
当事者間の示談に市への弁済額を含めていないからといって、市が加害者に請求できないわけではない。
突然の事件・事故で搬送された被害者が、国保を使って治療費を支払うことはあるだろうが、事前に必ず区に相談するほどの心理的余裕はないことの方が多いだろう。
国保を使って治療費を支払えば、あとはそれ以外の被害の回復を考えるのが人情だ。まして、国保の仕組を熟知していないケースの方が圧倒的多数に違いない。
確かにあらかじめ示談内容に含めておいた方が市が請求しやすくなることは明らかであるし、単独で市が請求するとなると担当職員の負担が増えるかもしれないが、示談に市の負担額が含まれていないからと言って、請求をまったく行わないことの方が問題だ。
ただでさえ国民健康保険会計は巨額の慢性的赤字を抱えているのだから、少しでも回収額を増やす努力に努めてもらいたい。市や区には、今後の課題として、是非、取組んでほしい。
私と「根子番楽」
稲毛新聞主幹 佐 藤 正 成
1月27日に国立劇場で披露された根子番楽(国立劇場提供)
国の重要無形民俗文化財に指定されている『根子番楽』は我が生まれ故郷の北秋田市根子集落の貴重な文化遺産である。その郷土芸能が1月27日(土)東京の国立劇場で披露された。
実は、私はこの根子番楽の笛吹きであった。幼少の頃から、お盆の8月14日には毎年公演があるのでよく見ていた。
父が笛吹きであったため、私も小学生の頃から笛吹きの跡継ぎとしてよく笛を吹かされた。
特に譜面もなく、舞を見ながら、父の指使いを覚えるしかなく大変だった。番楽の各種舞についても、当時は家の長男しか教わることが出来なく女子には教えなかった。
その後、後継者が少なくなったので次男や女子も舞や囃子方にも参加できるよう開放されて、今日まで継承されてきた。
我がふるさと根子は秋田県の中央部の山間僻地に位置し、自動車も通らない交通の便が悪い場所である。マタギ里で知られている。こんな山奥で、どうしてこのような芸能が広まったのか不思議でならなかった。
一説には源平の落人が都を偲んで始めた芸能といわれる。そういえば、番楽の演目に曽我兄弟、とか弁慶と牛若丸も登場する。翁舞の口上は文学的にも優れている。
私が小学生の頃、恩師から「郷土芸能は笛から廃る、笛が一番大事だから生涯吹いて伝統芸能を守って欲しい」と頼まれたことがある。
その教えを忠実に守ってきた。公演の度に父と二人、時には私一人の時もあった。各地で笛を吹き歩いてきた。今日では笛吹きの弟子たちも順調に育ち、国の重要無形文化財にも指定された。これが私の誇りである。
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