アルゼンチン移住を振り出しに、語学を生かして南米、日本、時にはアメリカで経験をつみ、在メキシコ日本大使館に勤務した。 そこで私が知ったことは、どんなに見事に仕事をこなし信頼を得ても、大使館員との待遇がまるで違うという事実だった。 そんな時、たいへんショッキングな事件が起きた。ある日、運転手の一人ホルへが血相を変えて飛んできた。「セニョール川島、エミリオが死んでしまった」というのである。 エミリオは数ヶ月前雇った雑用係である。まだ21歳の青年だが結婚もしていて子供も一人いた。その彼が死んだという。「トランキーロ アベルクエンタメ」(落ちついて話してみろ)ホルへもその詳細はよくわからないがとにかく前日の日曜日に弟も一緒に死んだという。エミリオは大使館の運転手の一人、ラウルの遠い親戚で話してみると人物もまじめで素直なので採用したわけだ。ここで人を雇う時は、長年働いている従業員のリコメンデーションが一番確実だ。大使館、特に日本大使館の仕事は比較的楽だし、二年前から武田さんが頑張って、ドルベースにしている。給料もいいので定着率が高い。したがって誰も彼もが大使館に務めたがっている。自分の紹介した人物が問題を起こせば、当然自分の身に責任がくるから用心する。私は彼らの責任者なので、武田さんから渡された香典を持って、ホルへに運転させて出かけた。メキシコの中心街レフォルマ通りを真っ直ぐ北にメキシコ州の州都、トルカ方面に向かう。チャプルテベック公園、そして大使館の公邸などが立ち並ぶ高級住宅地を通り過ぎると、ちょっとしたスラム地区に入るその当たりに、エミリオの家はあった。 ここでの葬式は簡単なもので近所の友人、家族が集まってくるだけだ。子供を抱えて涙ぐんでいる女性が目に入った。彼女がきっとエミリオの若妻なのだろう。聞けば土曜の夜エミリオの弟の彼女の15歳の誕生パーティーがあったという。ここでは女性は15歳を迎えると一人前の女になったということで家族総出で盛大なパーティーをする。 彼女をとりまく友人、ノービオ(恋人)はもちろん出席する。エミリオの弟は自分も当然招待されると思っていたが彼女の父親が反対したため招待されなかった。そこでエミリオを誘ってパーティーの会場におもむいたのだ。少し酒が入っていたらしい。そこで父親と口論した。その直後、父親は彼等を外に連れ出し、有無を言わせず持っていたピストルで二発、可愛そうにエミリオも巻き添えを食ってしまったのだ。父親はその場から逃走、いまだに行方がわからないという 。 アルゼンチンでもいろいろなことがあつたが、今度のことは身近に起こりショックだった。(つづく)