130,000部発行
2020年10月9日
通巻第289号
年間郵送購読料3,000円
稲毛新聞
 発行責任者/佐藤 正成  発行/(有)稲毛新聞社 〒263-0043千葉市稲毛区小仲台2-5-2 TEL043-256-4414(代)FAX043-256-4494
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読者アンケート
テーマ「マスク時代」について
  新型コロナウイルス流行で、今やマスクは日常生活に欠かせない必需品になっている。マスクを付けていないと不安だという観念が染み込んでいるようだ。確かにマスクを付けていると安心感があるのかもしれない。正にマスク時代だ。最近はいろいろなマスクを着用している姿が見える。マスクも多種多様になってきた。そこで今回はマスクについて読者アンケートを実施してみたところ、様々な意見が寄せられたので紹介してみた。

 苦はないが顔の表情が分からない
 着用すべき
 コロナ禍に於いては必要不可欠と思います。でも、顔・表情が見れないのは寂しいですね(高洲・緒方久江)。マスクは新型コロナウイルス以外にも、インフルエンザ、喉の保温・保湿等に有効と思い、今後も必需品と考えます(柏台・溝上芳史)(花園・齋藤やす子)(浜野・柳澤範光)(さつきが丘・高橋美恵子)(黒砂台・中村博之)。コロナを人にうつさない、うつらない為の必須アイテム。残暑使用時の不快感はあるが我慢(高浜・住村直希)(千城台東・石井多恵子)(花見川・辻弘美)(東千葉・高木一也)(朝日ヶ丘・渡辺久美子)(あやめ台・一森万亀美)(幸町・中村春雄)(稲毛東・鎗目トク子)。(南花園・室井千寿)。(小倉台・中村さと美)。マスクは新型ウイルス対策の必需品と考えます。コロナ終息の有無に拘わらず、マスクを日常生活の常用(備)品として位置付け、適時適切に使用することを習慣化したいと思います(稲毛東・小林忍)。マスクでの会話は聞き取りにくかったり、この暑さの中では息苦しくなったりと不都合が多いが、コロナ感染予防としては必需品。手作りや色・柄・形で自己アピールを楽しむのもひとつかも(小仲台・菅野啓子)(四街道・粟村道生)。コロナウイルス感染予防の第1条件と思います。密の状態であっても飛沫を防げます。外出時の必需品です(長作台・藤村さゑ子)。マスクは着用すべきです。外国で執拗に着用を拒む人がいますが理解できません(花見川・儀藤晴夫)。私は難病の膠原病を患っているので1年中マスクをつけています。コロナとなり全ての人がマスクをつけるようになり気持ちが楽になりました。マスクは自分を守るために絶対必要です。(千草台・西川みゆき)。

 抵抗感はない
 子供のころから「風邪をひいたらマスクをしろ」と家でも学校でも強制させられて育った日本人にはマスクの抵抗感は全くない。母親がガーゼで夜なべで作ったマスクは6人兄弟すべてに同時に配られたのが懐かしい(高洲・大内健司)。ずっとマスクをつけている職業であり、秋から春にかけては外出時にもマスクをつけていたので、そこまでマスクをつけることは苦ではない(松波・熊倉絵里佳)。色々面倒ではあるが、マスクは顔が隠れるので嫌ではない(松波・橋本恵梨香)。

 便利です
 マスクは手軽に何にでも予防が出来、大変便利に思っています(小仲台・山田清子)(さつきが丘・匿名希望)。自分は冬になると必ずマスクは必需品として使っています。半分顔が隠れるので化粧しなくてもよいので便利で良いです(小仲台・山内富士子)。マスクはとても便利なものと思います。化粧しなくてもいいし、今ちょっと暑いのですが、冬場は温かくていいのではないかと思ってます(柏台・新見洋子)。マスクは簡単に風邪やウイルスの予防になり、また女性にとってはスッピンの顔を隠すことが出来るアイテムで便利だと思いますが、毎日マスクを着用していると肌荒れの原因になって大変困っています(小中台・川島南海)。メイクをせずマスクをすれば気軽に外出できるのが最高です。NOメイクで外出した事が無かったので、コロナが去るまで楽しめます(みつわ台・黒澤紀子)。マスクのおかげでいつもは人前でできない「口腔筋トレ」を堂々とするようになりました。バスや電車内で暇なときに手軽にエクササイズできて結構楽しいですよ(朝日ヶ丘・篠由樹子)。マスクはとても便利です。メイクも半分で済みますし口元の粗隠しになります。ただ表情がわかりづらいので会釈するようになりました(大草・佐野和子)。

 ファッション
 ちょっとしたファッションアイテムとして自己表現を楽しんだりしています。マスクひとつでその人の考え方、美意識、環境意識、気配りが見えると思います(磯辺・尾ノ口昭三)(四街道・越中光江)。(小中台・小田昭子)。全身のコーディネイトとして美を楽しんでいる(稲毛海岸・長堀幸子)。カラーのマスクをしたり、柄で洋服に合わせたり、お洒落の一環として楽しんでいます(富士見・片桐一美)(瑞穂・山本正子)(田渕良子)。

 仕方なく習慣化
 体を動かすとき、夏のマスクはきついので外すが、それ以外はかけている。仕方ないと思う(朝日ヶ丘・横須賀和男)(松波・鈴木将彦)(穴川・前林勝美)。この夏の暑さには息苦しいが、自分を守り、他者へのマナーも守るべき(四街道・金澤道子)(さつきが丘・及川治夫)(四街道・松戸健夫)。流行り初めの頃は面倒臭いという気持ちが大きかったですが、メイクをしなくても外出できるメリットもありますし、3歳の息子はお気に入りのキャラクター柄で手作りしてあげたら毎日喜んで使用してくれています(宮野木・城詰好美)。コロナ感染予防の為には必需品となっていますが、煩わしいのは確かです。しかし人の集まる所へ出かけるときは、マスクをつけるのがエチケットであり義務と思います(六方町・泉谷正誼)。(花見川・三橋寿子)。(打瀬・橋本裕美)。(西小中台・日吉栄子)。(幸町・大浦穂乃香)。マスクは嫌いですが、最低限、公共の乗り物ではするべきだ(園生町・丸山宗男)(真砂・布施順子)(花園・本田衛)。マスクは医者・看護師・救急隊員の感染防止のものと考えていた自身が、自宅以外の場所へ移動・滞在する時には必ず着用する様になりました。マスクは自身の外敵からの「お守り」と他人に迷惑をかけない「世間体」かな?(朝日ヶ丘・小池規行)。すっかり慣れて習慣になってしまいました(花見川・匿名希望)(西都賀・小林正和)。

 息苦しい・慣れない
 この時代になるまでマスクを着用したことは殆どありません。息苦しくて仕方ありませんが、夏になってからは暑くてたまりません(松波・齋藤淳子)(小仲台・太坂みどり)(千城台東・佐藤礼子)。新型コロナウイルスを回避するためには大切なものだとわかるのですが、日常生活では、肌荒れや蒸れる暑さ、着脱が面倒なものだなと思います(あやめ台・菱明子)(神明町・加藤美代子)。毎日つけていて耳が痛い。早くしなくても大丈夫な状況になってほしい(花見川・相馬英治)。息苦しくシニアにとっては大切なものですが大変不便です(高洲・藤崎美枝子)。マスク代は高額だし着用していると肌荒れして薬代までかかり、年金生活には早く終息するように願ってます(幸町・高坂尊義)。マスクはいいけど、女性の顔を見て若い女性か婆さんなのか区別がつかない(若葉区・女性ハンター)。

 終息を願う
 長引く流行でマスクをしていないと不思議の時代になりました。早く元の生活に戻りたいものです(打瀬・南澤真砂子)(高洲・荒禮子)。対人恐怖が強いから、コロナが流行り出す前からマスクをしてるけど、左耳が痛くてマスクに僅かながら血がついています。コロナが終息しないかな(みつわ台・吉川洋)。今となっては早くコロナ禍が収まることを願うばかり(さつきが丘・金子康孝)。

 その他
 季節的な使用なら(理由のある)辛抱出来るが、オールシーズンの着用はしたくない(幸町・匿名希望)。基本的に屋外はつけなくいいと思う。あと、ガーゼマスク(アベノ)をもっと使うべし(真砂・工藤正生)。通勤時は混雑してウイルスで汚染されそうだから使い捨てを使用して、休日は人混みを避けてるから洗えるマスクを使用してる。使い捨てマスクはまだ高いので、もう少し安くなって欲しい(松波・佐々木啓太郎)。自宅時間が長くなり、ハギレでマスクを作る。少し暑いけど、マスク美人とマイペース。(小仲台・中川明江)。例年インフルエンザ流行時には、予防注射をしてマスクをしています。それが日常化するようになるのかなと思っています(四街道・伊丹富美子)。使い捨てマスクは人それぞれ責任を持って処分して欲しい。町中に捨てられたマスクが落ちていることがある(みつわ台・ぼくちゃん)(小仲台・匿名希望)。老人性難聴があるので、マスクして話されると口の動きが分からずに話の内容を理解するのにとても苦労する(高浜・保科恵子)。4月に異動になったがマスクで顔が隠れて顔が覚えられない(打瀬・松原保司)。今ではマスクをする事が習慣になり、夏の暑さには熱中症にならない様に調節し、冬は防寒の一部になると思います(四街道・衣斐凉子)。コロナウイルスやインフルエンザなど、公衆エチケットで定着するのではないかと期待する(宮野木・吉岡保廣)。普段は広い野外で一人仕事で他者とふれないのでマスクはしません。打ち合わせの場合はつけます(検見川・荒木昭治)。どこへ行くにもマスク着用ですが、移動の際に人が居なくても見通しの良い所以外常に着用状態。いつになったらマスク無しの生活に戻れるのか、子供がマスク無しで思いっきり遊べるのか不安な毎日(宮野木・城詰健太郎)。テレビを見ていると皆さんそれぞれの柄の手作りマスクで1つのファッションの様につけていらっしゃる。小池知事はいつも素敵な柄のマスクして、今日はどんな柄かなと見てました(六方町・阿部ちい)。ウイルスを防いでくれている。マスク不使用者はにらまれる。マスク嫌い、皆に見られて急ぎポケットから出す(真砂・小野寺義明)。今年はマスクは必需品というより、生きるための大切な体の1つですね(花見川・本田和代)。最近のマスクは昔と違ってデザインを考慮してカラフルである(朝日ヶ丘・上田正広)。これからはマスクの使用が楽になりますね(八千代・牧けい子)。中国製のものは耳紐が取れてしまうので困る(椿森・上田晃之)。マスク・手洗い・うがいを続けたお陰で風邪・インフルエンザにかかることもなく元気です(さつきが丘・堂淳子)。マスクの形はどうあれ、衛生面でするのであれば白いマスクの方が良いと思う。黒のマスクはぶきみです(高洲・匿名希望)。まだまだ人混みでマスクをしないで大声を出している方を見かけます。充分注意してもらいたいと思います(さつきが丘・石崎喜好)。私は医療関係で働いている為、普段からマスクをしていましたがコロナで品薄になってしまった時は非常に困りました(花見川・山下盛雄)。カラフルなマスクが増えましたね(花見川区・山川幸男)。 以  上

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読者の声
稲毛の浜の白い砂
先日、TBSテレビの噂の東京マガジンを見て驚いた。
 何でも、いなげの浜に昨年「8億円」かけてまいたオーストラリア産の白い砂が直後の台風の影響と、その後の強風で随所に飛散し、半分以上が元の黒い砂浜、砂利に戻っているという事だ。番組中、市の担当者の説明によると、「定期的な砂の補給で、その際ホワイトビーチにしようということで昨年実施した」様で「今後白い砂を補給する予定は無い」そうだ。
 我々、一介の市民とすれば???である。バカも休み休みにしてほしい。人工の砂浜は、どこでも砂が流出しやすく、他の自治体は重い千葉県産の砂を利用しているそうだ。金額も10分の1で済むらしい。
 千葉県内から砂を運搬するのと、オーストラリアから砂を運搬するのでは、もちろん輸送費のコストがかかるのは仕方が無いことではあるが、奇麗だから、遠方から軽い砂を購入したのは、余りにも軽率ではないだろうか?
 番組の途中、稲毛新聞社の佐藤正成社長のインタビューがあり、佐藤氏が「いなげの浜は過去に何度も砂が流され、砂を入れ直してきた経緯がある」旨お話をされていたが、こういう経緯、歴史を市の担当者、市長は存じあげずに、8億円の白い砂浜を計画したのであろうか?疑問と同時に怒りを感じる。コストカットだ何だの、清掃工場も減らし、指定ゴミ袋は近隣市町村より割高、給料から引かれる市民税もかなり高い千葉市。1年で消えた8億円の白砂の問題は、笑い事ではないと思う。県知事を目指す云々よりも、千葉市の問題をキチンと解決して頂きたい(中央区・金子一之)。

 無駄遣いでしたね
 東京マガジン拝見しました。本紙主幹も以前から訴えていた問題ですね。千葉市が稲毛の浜の砂をオーストラリアから8億円かけて輸入した白い砂が軽すぎて去年の台風で飛んでしまいました。現れた細かい砂利は夏は暑くて裸足で歩けません。近くの富津などで粒が大きくて飛びにくい砂が安く手に入るにもかかわらず、歴史的にもあり得なかった白砂の浜にしようという貧困な精神。これは無駄使いの大失敗でした。熊谷市長は来年は知事への転身を考えているようですが、やり残すことなく砂浜を復元してほしいものです(宮野木・ご意見番)。

 地方銀行の合併、再編
 9時のニュースは地方銀行の合併・再編を取り上げたが、その本質に迫っていない。ただ、数が多いから合併と説明している。だが、今になってなぜ数が多いことが問題になってきたのかという事の本質に迫っていない。企業が今までのように銀行から融資を受けて積極的な経営をしてきたのが、今になってそれができなくなった。企業経営が縮小に向かっているのだ。融資を受けて事業を拡大しようにも売れ行きが鈍化しており、ままならないのだ。資本主義経済体制が縮小衰退に向かっている。企業経営が縮小に向かっているということは、資本主義経済が縮小傾向にあるということだ。資本主義の終焉が迫っているということだ。
 銀行業は預金と融資からなっているが、その融資業務が思うようにならなくなってきたということだ。ただ数が多いから合併ということではない。融資業務が衰退、減退に向かっているということだ。銀行業の収益は融資業務にかかっている。預金を預かるだけではなんの利益も無い。
 銀行業の衰退ということは、資本主義経済の衰退、没落傾向の反映である。銀行業は資本主義経済の盛衰を現す鏡である。銀行業は資本主義とともに栄え、資本主義とともに没落していくものである。しかし、「ニュースウオッチナイン」はそこまではわかっていない。ただ、数が多いから合併、と小学生のような判断をしている。事の本質が全くわかっていない。 私は千葉銀行に22年勤務したが、銀行の融資の窓口から見える経済は日々に衰えている。融資の窓口へ来るお客さんが日々に減っている。希望あふれていた顔色が日々に悪くなっていく。その顔は資本主義そのものの反映だ。預金しても無利息、お金(資本)を投下しても思うような利潤が無い。お金(資本)の価値が減退しているのだ。資本主義のその資本の価値が減退、衰退しているのだ。 斜陽の資本主義。地方銀行のことだけを取り上げているが、都市銀行は、店舗の縮小、従業員の削減でしのいでいる。銀行の斜陽現象は資本主義経済の斜陽の象徴である。
 銀行は資本主義経済の中枢的存在である。銀行を見れば資本主義社会の盛衰が解る。「ただ、数が多いから合併」という判断、思考ではものの本質、社会の進行方向、今どういう状態で今後どこへ向かうのかということが解らない。稚拙な思考だ。NHKの知力の限界だ。視聴者、国民は盲目にされ、愚鈍にされている。しかし、国民はNHK、新聞に知的栄養素を求めている。心の糧を求めているがそれはかなわぬ夢だ(宮野木・藤本 豊)。

 千葉市長さんの本
 9月1日、ホテルTKPガーデンシテイ千葉で熊谷俊人市長の「千の葉をつなぐ幹となれ」の出版記念会が開催された。当日は記念品が足りなくなるほど盛況であった。
 参加のひとつの目的に記念対談者の大前研一氏の話を聞いてみたかいがあった。無知で市長の本はこれが初めてと思っていた受付に過去に市長が書いた本が置いてあった。本の副題に千葉市長10年を紐解くとあった。自宅で本「千の葉をつなぐ幹となれ」を読み終えると、会場に置いてあった本が気になった。熊谷市長は平成24年34歳、当選後3年に株式会社ぎょうせいより「青年市長が挑む市政改革」B版177ページを出している。あわせて1ヶ月後にはワニブックスより「公務員ってなんだ?」とびっくりする程の文筆力である。7ヶ月後には「選挙ってなんだ」が実体験に基づき豊富な知識を自分の言葉で願いや決意まで誠実さがわかる。「公務員ってなんだ?」は全国的に売れたそうだ。熊谷市長誕生10年目の平成30年7月の稲毛新聞のアンケートに「熊谷市政について」がある。これによると、有言実行・スキャンダルがない・市財政を改善・酷い赤字を削減・親しみがもてて行動力がある・市民から信頼がある・実直な方・清潔感・実績多数…以上は良い点としてあがったものだが、悪い点としてあがっている点については市議会議員時代が提言のない民主党で少し信用が出来ないという先入観からくるものがあるように思えそれが前提にある意見もあり実は私も市長当選時代少し思っていた。 それらを払拭してくれた本は「選挙ってなんだ?」だった。
 逆の立場(民主党側)の人の指摘もあった。さて同じ先月、株式会社PHP研究所発行のボイス10月号企画「次代の政治を考える」に防衛大臣河野太郎氏と共に熊谷市長が新型コロナ禍で陣頭指揮を執った市長として紹介されている。
 中国共産党政府に気をつかった日本政府・千葉県のおくれたコロナ対応。リーダーシップがとれる首長は少ない。能力と生き様が問われるからである。千葉市長の本とボイスはそれを教えてくれている(一読者)。

 いじめとコロナ
 東京から秋田に帰省したが洗濯物を干すのも散歩するのも憚られたのでゆっくりするつもりが4日で東京へ戻ったと新聞にでていた。コロナになっても隠すので感染が広がることになる。高校生の頃親友が結核になり家の前を鼻をつまんで通ったが家族も近所の人達から中傷されいじめられた。私の就職時には大手の会社は健康診断書が必要で結核が治っても入れなかった。勤務先では茶碗を熱湯消毒していた。コロナになったりコロナを扱う病院に勤めている家族は誹謗や中傷でいじめられるが私は戦争で疎開していじめられた。トイレ・台所も外で馬小屋が屋内にある片田舎に疎開したが中学校へは駅まで4キロ、電車で30分、学校まで2キロを歩き中学校では疎開組と言われ先生、生徒からいじめられた。村人たちからお前らが来るから村の米が減って困るんだよと文句を言われいじめられた。米は現金で買えず着物としか交換してくれず毎日腹が減って酷い目にあった。米をとぐにも10メートルも離れた川に行き雪や雨の日は母親に傘を差してやったが川の水は冷たく手は凍ってしまったと思う。洗濯をしているそばで米を研ぎ村人達は3寸流れば水清しと言っていた。わら草履を履いているので冬は足に釘が刺さっても血も出ず痛みも感じないし学校に行くのに駅まで川沿いの土手を歩くが石はごろごろし大きな蛇が出てきて怖かった。終戦になり東京に戻る時は手の平返した様に村人達がにこにこして集まってきて東京に行ったらよろしくと言っていた。いじめは自分に落度がないのに世の中の事情によっていじめられるので差別的な言動に同調せず常に注意すべきだが私の場合は戦争が原因でいじめられた。いじめた方は忘れてしまうがいじめられた方は一生わすれないが諺に我が身をつねって人の痛さを知れと言う戦争は絶対避けるべきだ(花園町 岩井秀夫)。

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